MinDeaD BlooD 〜支配者の為の狂死曲〜 DVD Special Edition
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しずると沙希

 
 

しずるが沙希に告白してから一週間が過ぎた。

あれ以来、沙希とは顔を合わせていない。
大学の講義も、沙希と一緒のものには出席していなかった。
逃げているのは自分でも分かっている。
しかし振られるにしても、もう少し心の準備が欲しい。
講義に出席するとき以外は、しずるは屋上でぼんやりと過ごすことが多くなっていた。
錆付き塗料のはげた青い柵とコンクリートの地面に身を預け、
日の当たらない位置に座り込む。

手の中にあるのは――小さな人形――。
間接に細い糸のくっついたその人形は、顔に趣味の悪いペイントを施した
ピエロのような姿をしていた。
向かい合うと、ガラス球の埋め込まれた目がしずるを見つめる。

――と、しずるはそれを地面に下ろし、ゆっくりと自分の指を動かし始めた。
応じるように、人形がすっと右腕を上げる。
首を左右に動かし何かを確認するような仕草を見せると、
カタカタと奇妙な音を立て始めた。
聞きようによっては、それは笑っているように思えなくもない。
人形はさらに派手な動きを見せるようになり、走り回ったり、回転したり、
果ては逆立ちをして歩いて見せた。

特技といえば特技になる。
昔、叔父にコツを教えてもらって以来、暇さえあれば人形を操るようになった。
小、中学生の頃は、これでクラスの人気者になれた。
さすがに高校生になってからは、人前でやるのは控えるようになったものの、
それ以降も腕が鈍らない程度には続けていた。

人形は陰鬱なしずるの心境などお構いなしに、くるくるとコミカルなダンスを続ける。

沙希
 「それ、七瀬君がしてるの?」

思わぬ声に顔を上げる。
正面の少し離れたところに、目を丸くした沙希が立っていた。
悪いことをしていたわけではないが、何となく気恥ずかしい。

沙希
 「すごいことできるんだ。……どうやって動かしてるの?」

しずる
 「いや、指に糸通して、それでこんな感じで……」

少し右腕を上げて、軽く指を動かす。
人形は器用に一回転し、優雅に着地してみせた。

沙希
 「へぇ、生き物みたい。七瀬君、何かこういう仕事でもしてるの?」

しずる
 「まさか。単なる趣味。親戚の人がこういうの得意で、子供の頃に教えてもらったんだ」

沙希
 「へぇ……」

感心したように、沙希がまじまじと人形を見る。
しずるは今の自分の立場も忘れて、沙希が関心を寄せてくれたことが、
ただただ嬉しかった。
しばらく沙希は、無言のまましずるの人形劇に見入っていた。

沙希
 「あの……」

どのくらい時間が経った頃か、不意に沙希が口を開いた。
しずるは全身に走った緊張を隠しながら、人形の動きをぴたりと止める。

沙希
 「落ちついて……聞いてほしいんだけど……」

しずる
 「……うん」

沙希
 「私はね……七瀬君のこと、好きじゃない……」

しずるの目の前が一気に暗くなった。
心のどこかでは覚悟していたことのはずなのに、ひどく胸が苦しい。

沙希
 「ああ、違うの。その、嫌いってことじゃなくて……
  恋愛とかの、好き、っていうのが、その……今は、ないの……」


沙希
 「それに、これから先……七瀬君にそういう気持ち……持てる自信も、ない……」

しずるは地面のある一点を見つめたまま、小さく頷いた。
残念な結果だが、胸がすっと軽くなった気もする。
少なくとも沙希が正直に自分の気持ちを語り、返事をくれたことは嬉しく思えた。
そして、だからこそしずるも、誠意ある返事をしなければならない。
気持ちを正直に伝えてくれた沙希に対し、せめて笑顔で
「ありがとう」と返さなければならない。
だが、頭ではそう理解していても、口はなかなかそれを言ってはくれなかった。

沙希が思わぬ言葉を続けたのは、その時だ――。

沙希
 「それでも……いい……?」

数瞬、しずるは思考を停止させた。
沙希の言っていることの意味が分からず、じっと彼女のほうを見つめてしまう。
沙希は照れたように視線を外すと、言いにくそうに更に続けた。

沙希
 「ダメ、かな……?」

しずる
 「いや……。あの、それって……」

沙希
 「うん。だから……その……」

ごくり、と息を呑む。

しずる
 「つまり、付き合ってくれるって……こと?」

期待と不安の入り混じった質問。
沙希は、視線をそらしたまま――――こくりと頷いた。

 



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