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【春花】
 「あの……『そふとくりーむ』が食べたい……です」

春花さんのリクエストは意外なものだった。

【司颯】
 「ソフトクリーム? 飲み物じゃなくていいの?」

【春花】
  「ええ。小さい頃、一度だけ食べたことがあるんです。
だから、久しぶりに口にしてみたくて……」

これもコーヒーカップ同様、彼女のかすかな記憶を
呼び起こすものだった。

【司颯】
 「了解──すみませーん、ソフトクリームふたつ」

ほどなくしてコーンの上にきれいに段重ねに盛られた
ソフトクリームがふたつ、俺の手に渡される。

【司颯】
 「はい、お待たせ」

そのひとつを春花さんに差し出す。
受け取った春花さんは久々のソフトクリームとの再会を喜んで
いたが、やがてなにやら困ったような顔をしはじめた。

【春花】
 「あの……これはどうやって食べるのでしょうか?」

【司颯】
 「へ? 食べ方?」

ソフトクリームの形や味の記憶は残っていても、
それをいかにして食したのかは覚えていないらしい。

【司颯】
 「んー……こうかな?」

コーンの上にそそり立つソフトクリームの中腹をぺろりと
舌を出して舐めてみせる。

【春花】
 「そ、そうですか……」

俺としてはごくごく普通の食べ方をして見せたつもりだったが、
春花さんには高度かつ常識外のテクニックに見えたのか、
実物を目の前に明らかに戸惑っていた。

【司颯】
 「えーとだな、そんなに難しく考える必要はないと思うぞ?」

【春花】
 「は、はいっ」

俺としては構えることなく気楽に行けばいいとアドバイスした
つもりだったのだが、春花さんは余計に難しい顔をして
ソフトクリームと対峙している。

【春花】
 「…………」

【司颯】
  「あの……よかったらスプーンか何か、
売店でもらって来ようか?」

【春花】
 「いえ、心配ご無用です」

ソフトクリームが春の陽気に次第に溶け始めてきたが、
春花さんとソフトクリームの睨み合いは続いている。

【春花】
 「……行きます」

やがて覚悟を決めた春花さんは、おそるおそる顔を
ソフトクリームに近づける。
春花さんは、ちろりと出した舌で溶け掛かったソフト
クリームの表面を軽く舐めた。

春花さんとソフトクリームのファーストコンタクトが
成功したのを見届けて、俺は小さくガッツポーズをした。
子猫がミルクを舐めるように、
舌先でソフトクリームを少しずつ味わう。

【司颯】
 「どうだい、久しぶりのソフトクリームの味は?」

【春花】
 「冷たくて……甘くて……おいしいです」

春花さんはしみじみとソフトクリームを
味わいながら満足そうに微笑む。
その光景を見ているだけで、俺も自然と同じように微笑んでいた。